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作家 松沢直樹のブログ
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300509988_103s.jpg6444851b.jpgお世話になった教会でのご奉仕。
ケーキ焼いて、チキン揚げて、大忙し

材料は、ご寄付なので、コストを気にすることもなし。
美味しいものは好きだし、料理は考えすぎな毎日をリフレッシュできるんで、いい刺激になります。取材とかであちこちでかけたり寝不足が続いているので、まあ、きついはきついけど、楽しかったですね。

フレンチ、イタリアンのプロと並んでよく働きました。

洋菓子は専門ではないので、絞りがぐちゃぐちゃ(洋菓子職人は、まっすぐ均一に生クリームを搾り出すことができないといけない)

久々にやったら手が震えるし、プロの前では恥ずかしい限りでしたが、スポンジもちゃんとふわふわになったし、ホームメイドな感じが出ていい感じに仕上がりました。
(強いて言えば、苺に艶出しのゼラチン塗るの忘れたくらいでしょうか)

イタリア人シェフ曰く「オカンの味がするねえ」ってあーた、どんな味やねん。

料理屋のテンピを借りて、フル稼働。都合8個ケーキ焼きましたが、全部無くなりました。

せめて全体写真撮ろうと思ってたら、あらら、もう既に最後の一個の半分がなくなってた。子供さんが多かったからなあ。

とうとうオイラ、一切れも食べられなんだ。とはいえ、小さな子が、お友達をつれてきて、「あげる」っていって、半分こしてる姿を見られたのは、よかったかな。なんかほのぼの。

チキンも、手が回らなかったので、他の方にレシピを伝えて、中国酢に水あめを溶いたものとしょうがに漬け込んだチキンを前日から用意してもらいました。フライヤーを借りて、一気に揚げましたがよい感じでしたね。(これも食べられず……うくく)

和食チームと一緒に、寿司も準備しましたが、今年はノロウイルスなんかの問題があるので、ちらし系や茶巾寿司を主体に。

握りは、外国でも人気で見たことがある方も多かったようですが、さすがにちらしや押し寿司、茶巾寿司なんかは見たことがなかったらしく、かえって好評でした。

仏国のTVの仕事をしているフランス人女性が、珍しそうに写真を撮ってたのが印象的でした。(「萌え~」とか言ってたけど、なんか日本の文化が間違って紹介されてないか心配っす)

その後は、絵本の読み聞かせ。神父様のお許しをもらって、拙著「王様と金貨」と、「小さなつばめとりんごの木」を朗読。

事前に原稿を渡しておいたのだけれど、英仏伊韓中の各国語に翻訳されているのにはびっくり。

自分の言葉に共感してくださって、色々な人が動いてくださるのは、ありがたい限りで、なんか涙でました。
お子さんだけじゃなくて、大人の方や外国のゲストの方も真摯に聞いてくださって、なんだか不思議な空間になりましたね。

ほんの数十人がわずかな時間を共有できただけだけど、生まれた国や、それぞれの信条やおかれている社会的な立場も違うのに、一つになれる瞬間というのは、不思議なものです。

最近、世の中きなくさいにおいが漂ってるけど、少しでもこういった穏やかで、みながお互いの立場を尊重できて共有できる時間が増えるといいなあ……などと柄にもないことを考えたりしました。

ふだんおちゃらけてますが、たまにはそんな真摯な気持ちになってもいいでしょう。うむ。

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広島の方にお聞きして知ったのだが、、
彼の地では、我が故郷「北九州・福岡」ではなじみぶかい「ごぼう天うどん」がないらしい。

福岡・北九州の方は説明するまでもないだろうが、他の地域にお住まいの方のために少々説明を。

「ごぼう天うどん」とは、ささがきにしたごぼうをかき揚げにしたものを乗せたうどんのことです。(地域によって少々スタイルが異なるようですが)

博多といえば、ラーメンがすっかり全国区になった。
ところが、うどんも同じくらい地元で食べられていることは、あまり知られていないようだ。

はっきりとは分からないが、少なくとも博多ラーメンが広く食べられるようになったのは戦後のことらしい。

(博多ラーメンの起源は、「福岡の南部の街・久留米起源説」「台湾から引き揚げてきた方が創作したレシピ」など諸説あるが、白濁したスープが特徴であることを見ると、戦前日本が植民地化していた台湾か、大陸料理がベースになっているのではないだろうか)

それに対して、うどんは、それより以前から博多の人たちに、好まれていたようだ。

福岡出身の作家「夢野久作」が、1928年に発表した「斜坑」という作品に、「下の町の饂飩(うどん)屋に住み込んだ」という一節ががある。
これらを見ると、おそらくうどんの方が、古くから博多の人に親しまれてきたと思われる。

(「斜坑」では、舞台になった町が明記されていない。だが、登場人物の会話などから、おそらく炭鉱が多かった福岡の筑豊地区あたりをモデルにしたのではないだろうか。)

福岡のうどんは、コシの強い四国の讃岐うどんや、秋田の稲庭うどんとは違って、やわらかく茹で上げた麺が好まれる傾向がある。

15年ほど前になるだろうか。
東京ではじめて讃岐うどんを食べた時、経験したことのない麺のコシの強さに、「生煮えやないか~!」と内心毒づいたことがある。

はなはだ失礼な話だが、「讃岐うどんブーム」なるものが起こるはるか前のことだし、当時は東京とはいえ、全国の名物を、ご当地以外で口にする機会が少なかった。

すっかり身体になじんだ食味を越える、新しい食感を理解できなかったのも仕方ないのかもしれない。

現在では、宅配便やネットが普及したおかげで、日本全国、はては世界中の食材や料理を楽しめるようになった。

「食」のグローバル化(?)が進むのは、時代の流れなのだろうが、反面、特定の地域にどっしりと腰をすえながら、なおかつ地域の人たちに愛され続ける料理もある。

冒頭でお話した「ごぼう天うどん」もそうだろう。

この「ごぼう天うどん」、不思議なことに、大分などの陸続きの地域には広がりを見せながら、わずか1キロメートルにも満たない関門海峡を越えて、山口県に入ると、どういうわけか、扱われる店が極端に減っている。

僕が調べた限りでは、山口県の岩国市より東では、ほとんど食べられていないようだ。(30年前は、海峡を越えてすぐの下関でも、ほとんど見かけることがなかったような覚えがある)

これと同じような現象が、日本のあちこちでも見られるようだ。

たとえば、神奈川でよく食べられている「サンマー麺」というラーメンがある。炒めたもやしをあんかけにしたものだが、この料理も、ごぼう天うどんと同じく、多摩川を越えて東京都に入ると、扱われている店が極端に減ってしまう。

神奈川と東京は、一日の間に下手すると百万単位の人が行き交っていて、地域文化が空洞化していくように見えるが、このような食文化が根強く残っているのは興味深い。

太古の時代、神道から由来した産土神(うぶすなのかみ)と呼ばれる土地由来の神が信じられていた時代があったそうだ。

人々は、自分たちの暮らす土地から生まれた食物が、自分たちの体に入り、生命を養うことを、産土神と契りを結び、神の力を体に「乞う」神聖な行為と考えたらしい。

(日本語の恋という言葉は、相手の心を自分のものにするという意味から来ており、もともとは食事をしたり、祈りをささげることで、神の力を自分の肉体と精神に「乞う(自分のものにする)」という考えから来ているようだ)

そんなことなど、もはや信じる人は誰もいない時代になった。

だが、「ごぼう天うどん」や「サンマー麺」のように、ある土地にしっかり根を下ろして、人々に愛され続ける料理には、何かがあるように思える。

ひょっとすると、形を変えた産土神が、料理の中に宿り続けて、その土地に住む人に力を与え続けているのかもしれない。

なんてこと書くと、すごくまともに見えるばってん、要はうまいもの食べたいだけやったりして……

何気にネットで見つけた、松阪牛のステーキ肉なんだが……

高っ!

 

携帯からご覧になってる方は、多分フルブラウザ対応機種じゃないとアクセスできないと思うけど、びっくらするから見てごらん。 しかしまあ、世の中にはこういう物を召し上がるのに、財布の紐を緩められる御仁がいらっしゃるのねえ。
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☆★ユアーズ☆★

三島由紀夫の小説ではありません。

依頼されて、先日から準備を進めていた設宴が無事終了。
脱力しきっちょります。
無事、大役を果たして、
クライアントにご満足いただく皿を出すことができました。

さすがに相手側も公邸での料理人の経験を持つだけあって
すごい皿をぶつけてきましたが、
あの手、この手を使った献立で逃げ切った感じですな。

思いっきり「ジャポネスク」といった伝統的な日本食を出そうか、
ずいぶん迷ったのですが、
クライアントは、やはり脂肪分の多い洋食で育った
欧米の方なので、変化球をつけた献立にしてよかった。

禁じ手ともいえるような、食材を使って献立を組み立てたのが、
功を奏したようです。

勝因は、やはり、先日から用意していた自作の調味料。
特に2週間かけて仕込んだ煎り酒が破壊力抜群でした。

献立を考えている最中にたまたま見つけたのだけど、
これがブルーチーズのような、癖の強い乳製品にも結構あう。

正直言うと、私自身、あまり乳製品は好きではないのだけれど、
(小学校の時、給食の牛乳を飲んで腹を壊して以来、
トラウマになってる。ええ、ええ、いいもの食べて育ってませんので・苦笑)
これは使えそうだ。

設宴に招くクライアントが、日本食に造詣が深いとはいえ、
やはり脂肪分の多い食事になれた欧米人ということを考えると、
この組み合わせを使わない手はないだろう。

結局、先付け(まあ、前菜みたいなものですね)に、使いました。
献立は、改良して、また商売で使うので、公開できませぬ。(すまんこってす)

たまたま楽天で探してみたら、一店だけ煎り酒を販売してるお店がありました。

楽天市場で販売中の煎り酒

↑携帯からアクセスしている人、フルブラウザ対応のやつじゃないと見れないと思うけど
ごめんね~ 

ところで、和食と乳製品というと、
なんだかずいぶん縁遠いような気もしますが、
奈良時代以前の昔は、普通に食されていたのだとか。

欽明天皇の時代には、献上されたバターの風味を楽しむという
習慣があったそうだ。
(古代ギリシャでは、バターは食品ではなく、
高貴な女性が化粧用に使っていた時代がある。)

おそらく渡来文化なのだろうけど、
牛から取った牛乳のことを「蘇」と呼んでいたらしい。
(そういえば、今でも阿蘇なんて地名がありますな)

その蘇を煮詰めたものを「酪」、さらにそれらを発酵させた食べ物を
「醍醐」と呼んでいたらしい。(醍醐味というコトバはここから来てるらしい)

そういえば、蘇我氏とか、醍醐天皇なんて人物が
日本史に出てきますわなあ。

当時から、栄養価の高いものとして、
評価されていたのだろうけど、
こういうコトバから、日本の古代史を
うかがい知ることができる部分がありますな。

ちなみに、日本人が乳製品を食さなくなったのは、
奈良時代の天武天皇が仏教に信仰が厚く、
畜肉類などを食するのを禁じたからだとか。

日本の歴史も、謎の部分が多いのですね、うーむ

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060827_1858~01.JPG

木曜日に外国企業のトップを招いた
設宴を取り仕切ることとなった。

建前上、内輪のホームパーティだが、
そこはコンペに残った2つの企業が、
仕事を取り合うための
最終プレゼンの場でもある。

要は、首脳会談よろしく、設宴の料理と酒で気分を和ませ、
自社に有利な交渉展開を図ろうってわけですな。

相手のアメリカ企業が引っ張ってきた料理家は、
フランス共和国公邸で、各国外交官や首脳との設宴を
任されていたらしいという猛者。

公館の料理人は、自分の出す料理が、
自国の命運を握っているという
緊張感を常に持ち合わせている。

舌戦では海千山千の外交官や各国首脳も、
酒と食の場では隙が出る。

そのことを公館の料理人は、常に自覚し、
自国の外交官が有利な交渉展開を図るための
料理を出すという、目的意識を持っている。

たかが料理ではあるが、
国益と国の威信をかけた
見えない戦いが皿の上で行われているというわけだ。

そんな歴戦を重ねた猛者ならば、
相手にとって不足なし。

伝統的な和食の技法だけでなく、
フレンチ、イタリアンの技法も多少なりとも身につけた、
型破りな野武士のような自分の料理が、
どこまで通用するか、考えただけでもわくわくしますな。

ふふ、ちょこざいな。おいしいものご馳走してやるぞ。
い、いや、もとい、目にもの見せてくれましょうぞ。

クライアントからは、和食を出すことを希望されている。

とはいえ、クライアントが
いかに日本文化に造詣が深いとはいえ、
やはり脂肪分の多い食事に慣れた
欧米の方なのは間違いない。

伝統的な和食を出しても、
おそらく不利になるだろうし、

NY辺りの値の張る店で懐石料理を
食したことがあるだろうから、
目新しさという点でも、有利な展開は期待できない。

設宴に招くVIPの情報を考慮した結果、
和食の繊細な味わいに、
濃厚な旨みを持つ、
型破りな品を加えた献立を考える

コンセプトは和魂洋才。私が好きな言葉でもある。

日本酒やワインとのマリアージュ
(仏語で結婚の意:ここでは料理と酒の相性)を
考えた献立にするが、
横槍を入れられても問題がないように、
ワインやシャンパンにも合うように
献立を組み立てておく。

寿司のような鮮魚や酸味の強い食材を使った和食は、
ワインやシャンパンには合わないことが多い。
魚の生臭さだけが目だって、
とても食べられたものではなくなることがある。

せっかくだから、
ワインと一緒にこの料理を食べてみたい
なんていわれて、そのまんまワインを出したが最後
なんてことにならないように、
構えておくというわけですな

懇意にしていただいているスタジオにお願いして
器は、織部焼きと備前焼きを主体に。
後は、朱塗りの椀などといった
日本を強調したものを
調達してもらった。

箸を使うことになれていない、
ゲストのための食器を添えることも忘れない。

酒は、日本酒、焼酎を200銘柄試飲し、
10銘柄をピックアップ。
一度封を切った後、空気になじませ、再び氷温で貯蔵
三日後に最良の味わいを引き出せるようにする。

ひしお、味噌、香辛料などの調味料も調達。
スタジオにこもって
自分の献立に合うようにカスタマイズする。

地味な作業だが、こういったところが
明暗を分けてしまうので、注意を払う。

写真は、今回の秘密兵器。

手製の「煎り酒」という調味料です。

日本酒に梅干と出汁を加えて
煮詰めて作る調味料ですな。

醤油が普及する以前では、
刺身などの調味料として
広く使われていたが、現在では、
ほとんど使われていない。

(一説には、安土桃山時代の武家が
好んだといわれ、織田信長も、煎り酒で、
刺身やなますを食することを好んだとされる)

さよりやすずきといった白身の魚に使うと、
淡白な独特の風味が映える。

醤油を使った時のように、刺身をつけても、
黒くなったりしないため、
白身の美しさをそのまま楽しめる。

また、わさびをこぼしてしまっても、
煎り酒に溶けたわさびが、
鮮やかなうぐいす色に変わってくれるため、
粗相すら、ちょとした余興にしてくれる
という楽しみもある。

(※和食をいただく際に、わさびを醤油にこぼすのは、
作法の上で好ましくないとされている)

懇意にしていただいている料理スタジオにこもって、
仕込んでからちょうど2週間。
封を開けて、味を研ぐ(味見のことです)
ふむふむ、しっかりとなじんでますな。

塩味だけでなく、複雑な旨みと日本酒の芳香が絡み、
ふくいくとした繊細な味わいと同時に、
豪胆な存在感があります。
時間をかけて手作りした甲斐がありました。

鍛造を終え、研師の手によって、
刃入れを済ませた
日本刀を手にしたような重量感がありますな。
申し分ない。

献立も決めたし、後は水菓子(デザート)の献立を
考えるだけですな

1ヶ月ほど前から、某居酒屋チェーンの依頼で
作っていた、アメリカンチェリーの
コンポートを使って、
日本酒のジュレ(ゼリー)でも出しますか。

仕事に通っている料理スタジオで試作してみましたが、
これがまた大変よろしい。
和洋問わず、見事に設宴を締めてくれる一品ですわ

考えてみれば、アメリカ産のチェリーと、
フランス産のワインが、
日本酒のジュレ(ゼリー)に飲み込まれてしまうという
一品なわけで、
まあ嫌味な料理ではありますな。

フランスのシェフを引き連れてきた
アメリカ企業のアイデアよりも、
我々日本企業のアイデアと企画の方が
優れているという意味に取れるからね。

その意味を知ったら、相手側は、
さぞかし悔しがるでしょうなあ、うふふ。
まあ、これも洒落とか粋ってことで、ひとつ。

さ、設宴の準備は万端、あとは楽しみましょう。

あ、そだそだ。高級食材が余ったら、
後で、まかないつくって、
手前でごちになろうっと。(やっぱり食い気かよ)



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HN:
松沢直樹
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1968/03/03
職業:
著述業
趣味:
冬眠
自己紹介:
沈没寸前のコピーライター ライターです。ヤフーではなぜか「小説家」のカテゴリにHPが登録されてますが、ぢっと手を見る日々が続いております。
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